親の寿命が仮に100歳だとした場合、残り40年くらいの計算になる。
一緒に食事をするのは、多くて月に1回程度だろう。だとすると、最大でも12回×40年=480回が親と食事できる回数ということになる。いざ計算してみると、その回数の少なさに気付かされる。
そして、驚くべきことに、このカウントは確実に0に近づいている。自分がこどもの頃から、このカウントはすでに0に向かっていたとはいえ、いざ計算してみると少しセンチメンタルな気持ちになる。
さらに驚くべきことに、カウントが急に0になってしまうことだってある。親がもっと早く亡くなるかもしれないし、自分の方が早く亡くなることもあるのだ。
このカウントは、すごくすごく脆いシステムで動いている。
終わりが見えた途端にその大切さを実感するようになる。親との食事が特別楽しいということもない。しかし、今まであった時間が金輪際なくなることを想像すると、親と食事する時間の大切さが身に染みる。この時間が今後の人生から消えると考えると、シンプルに寂しい。
親に何かあったわけではないのですが、年末年始に帰省してそんなことを思った。
カウントが0になる前に、できるだけ美味しいものを一緒に食べたいし、自分が思っていること、思っていたことをもっと話しておきたい。