自分の慢心を自覚する

それなりに社会人経験や業界歴が長くなると、知らず知らずのうちに慢心が生まれやすくなると思います。「これくらいで大丈夫だろう」「きっとうまくいくだろう」。例えるなら、自動車教習所で習った「だろう運転」。これをしてしまいがちです。

かくいう自分もまさにこの状態でした。だろう運転をして、ヒヤリハットや小傷、大傷が増えてきたと感じています。

そうそう、葬送のフリーレンにもこんなシーンがありました。魔族たちが、フリーレンの師匠フランメの実力を「自分たちには及ばないだろう」と低く見誤り、蹴散らされます。その時のフランメのセリフ「こいつらの気持ちも手に取るように分かるさ。今まで研鑽してきた自らの魔法に対する自信と信頼。要するに、クソみたいな驕りと油断だ。」が自分に深く刺さります。

自分でも気づかないうちに慢心してしまう

慢心は、自分では気づかない少しずつの変化の末に至る心の状態なのだと思います。おそらく、よほど意識しなければ自然と慢心に向かっていきます。そのため、定期的に、自分の慢心を自覚することが大切です。

慢心を自覚するために必要だと考えていることは二つです。

深く深く深く振り返る

何はともあれ、まずは振り返りです。これまで上手くいかなかったことや少しでも危機感を覚えたことをとにかく深く振り返ります。

何か失敗したことがあった時。その原因を考えるだけでなく、その原因が起きた原因を考える。これを何回か繰り返して、徹底的に自分の内面に潜っていく。トヨタのなぜなぜ分析の内省バージョンですね。

例えば、「お客様への提案が刺さらなかった」という失敗があったとします。

なぜ刺さらなかったのか?→ 真のニーズを理解していなかったから
なぜ真のニーズを理解していなかったのか?→ ヒアリングが浅かったから
なぜヒアリングが浅かったのか? → 「このくらいで聞いておけば良い提案ができるだろう」と思っていたから

このような感じで、振り返りを行います。

振り返りは当時の失敗を思い出すことにもなるため、苦しい作業になります。どうしても後回しにしてしまいやすいです。しかし、その効果は莫大なものだと心得て、意図的に振り返る時間を確保することがとても大切だと思います。私もこれから深く振り返る習慣を作っていこうと考えています。

話は少しそれますが、慢心を自覚する以外にも振り返りはかなり重要です。「何かうまくいっていないな」「行き詰まっているな」と感じたら、新しい知識をインプットするよりも先に、振り返りを行なった方が、効果的なケースは多いでしょう。

コミュニティ外の人と会う

社外の人やコミュニティ外の人と会うことも必要だと感じています。

先日、こんなことがありました。

とある勉強会の懇親会で、参加者の方々とAI活用の話になりました。そこで驚いたのは、皆さんのAI活用度合いの高さです。業務に深く組み込み、当たり前のように使いこなしている。一方で、自分は全然使えていない。その差を、痛感しました。

いつものコミュニティから一歩外に出て、比較軸を強制的に増やすことで、『自分ではできていると思っていたけど、できていない部分』を認識できるようになります。もちろん、できている部分も知ることができるでしょう。

私は性格的に、勉強会やセミナー、その後の懇親会に行こうとなると、少し気が重くなってしまいます。しかし、自分の慢心に気づくためにも、少しでも気になるものや自分のためになりそうなものがあれば、積極的に行ってみるようにします。

何歳になっても関係なく、自分の慢心を自覚して、都度修正する。

おそらく私は、放っておくと自然と慢心に向かってしまう気質です。この気質を理解して、何歳になっても自分の慢心を自覚し、その都度修正できる人であらねばと思います。

「〜だろう」で済ませるのではなく、「〜かもしれない」を何個も積み重ねて、誠実な態度で人やコトと向き合えるように。深く振り返り、色々な人と出会うことで、自分の慢心に気づき続けたいと思います。

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